KIDS(Knowledge Intuitive Description System)プロジェクト

※このページは、当研究室で取り組んでいるKIDSの開発動機と概要、今後の展開について記述した
ものです。
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                                       電気通信大学情報工学科 伊藤毅志

                                              (2008年11月22日更新)



HITからKIDSへ

〜開発動機〜

 HITプロジェクトで、人間の熟達者の持つ直観的な知識をコンピュータに載せ、「探索」ではなく「直観」
的に手を生成するシステムの構築を目指してきましたが、以下の2つの点において行き詰まりを感じて
きました。

1)熟達者は、熟達するほど持っている知識が「無意識化」してしまい、自分でもどんな知識を使って、
手を生成しているのかがわからなくなってしまう。従って、熟達者の知識を抽出すること自体が困難と
なる。
2)一方で、HITで記述した知識も膨大になり、HITが生成した手もどんなルールに基づいて選ばれたの
かがわかりにくく、デバックが難しい。

 このような問題を解消するために、熟達者が自分で直接知識を記述して、記述した知識を反映した
プレーを実行するシステムを構築することを考えました。これが、KIDS(Knowledge Intuitive Description
System)です。
 KIDSの開発により、特別なプログラミング能力を持たないプレーヤーでも、誰でも自由に自分の知識
を記述でき、その知識を反映したプログラムを作ることができるようになります。そして、知識は外化され
るので、誰でもその知識を見ることが可能となります。
 このシステムを多くのプレーヤーに利用させることで、熟達者の持つ知識構造や思考のメカニズムを
明らかにしようと考えています。


〜KIDSの構成〜

 KIDSは、大きく分けて「知識記述部」「知識反映部」の二つの部分から構成されています。図1は、KIDS
の構成を表しています。


            図1 KIDSの構成

 「知識記述部」では、プレーヤー(ユーザ)の持っている知識を、なるべく直感的に記述できるようなイン
ターフェースを通して、円滑に抽出できるように設計されています。この部分で、プレーヤーの持っている
知識が、知識ファイルという形式に変更されます。
 「知識反映部」では、知識記述部で作成された知識ファイルを読み込んで、そのとおりにプレーする
システムです。知識をできるだけプレーヤーが意図するとおりに反映してやる必要があり、何故その手
が選ばれたのかがプレーヤーに分かるようなインターフェースを備えています。
 このシステムを5五将棋を題材に実現したものが、当研究室の滝沢が作っているKIDS-55です。
KIDS-55では、「駒の損得」「形の善し悪し」「手筋」のような知識を直感的なマウス入力により記述でき
るようになっています。これによって、5五将棋を遊んだことのあるプレーヤーなら、誰でも自由に自分の
知識を記述することを可能にしています。実際に入力された知識は、知識ファイルとして保存され、その
知識ファイル通りにプレーするシステムも備わっています。
 

〜KIDSの意義〜

<学習支援的側面>
 KIDSを使って知識を書くためには、プレーヤーはそれまで自分が無意識に使っていた知識を想起しな
おす必要があります。これによって、プレーヤーはメタ認知を促されます。書いた知識はファイルとして
外化されるので、客観的にその知識を見ることも出来ます。知識ファイルの作成と実行、再確認のサイ
クルを通して、知識ファイルは洗練され、このシステムのユーザ自身も自分の知識の再発見をすることに
なります。
 このような自己の行動の説明-反芻行動は「自己説明」と呼ばれますが、自己説明はその分野の学習
に非常に有効に働くことが教育心理学の研究分野で多く指摘されています。自己説明により、メタ認知が
促され、知識がより強固なものとして定着するからと考えられています。
 KIDSを使って、作った知識ファイル同士を対戦させるコミュニティを作ることで、他者の知識ファイルを
見ることも可能となります。このような新しい学習環境によって、学習支援となるのではないかと考えてい
ます。

<認知科学的側面>
 KIDSは、開発者によって与えられた限られたフレームワークでしか知識を記述できません。そのため、
ユーザにとってみると、上手く記述できない知識があったり、記述形式への違和感を抱いたりすることが
あります。このような問題点を開発者に指摘して、常に改良していく必要があります。
 この設計上の問題やシステム上の不備は、そのまま人間が持っている知識構造とのズレを意味して
います。KIDSを作成して、使ってもらったからこそ明らかになった知識構造の違いであるとも言えます。
この違いを列挙して、修正を繰り返すことで、人間の本来持っている知識構造を明らかにしていきたい
と考えています。KIDSを使う人間にとって、表現しやすい知識は何か?表現しにくい知識は何か?どう
改善していけばよいか?といった情報は、そのユーザ(人間)の持っている知識を反映したものである
はずです。
 「認知モデルの設計」→「KIDSの構築」→「ユーザ評価」→「認知モデルの設計」というサイクル(図2)を
繰り返すことによって、人間の『知のモデル』を徐々に精緻なものにしていきたいと考えています。


     
図2 KIDS改良サイクル

〜KIDSの展開〜

 KIDSは、上述の5五将棋だけでなく、どんな熟達化の場面でも使えるのではないかと考えています。
現在、当研究室では、囲碁への応用を考えて、実際にKIDS-GOの製作に取り掛かっていますが、他の
熟達化にも応用していこうと考えています。様々な分野でこのシステムが作られれば、熟達者の知識を
外化して、保存しておくことが可能となるばかりか、その知識を客観的に評価して、後進の人が外化され
た知識を元に学習していくことも可能となるでしょう。
 また、上に挙げた二つの意義を踏まえて、KIDSを使うコミュニティを積極的に作っていく予定です。5五
将棋に関しては、5五将棋の大会を開催して、ユーザが競い合える環境作りをしています。今後は、ユー
ザ間で自動対戦できる環境を整えたり、ユーザ間で情報交換ができるネット環境の整備なども行っていく
予定です。こういった活動を通して、心理実験や評価実験を繰り返していきます。
 このプロジェクトにより、熟達者の知識構造や学習のメカニズムを明らかにしていきたいと考えています。



〜KIDSの実践活動〜

KIDS FOR 55将棋 ・・・5五将棋へ適用した試み(I-KIDS)

KIDS FOR IGO ・・・囲碁へ応用した試み(9路盤囲碁)


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