e-sportsとは何か
デジタルゲーム競技(e-sports)とは、ゲームをスポーツとしてとらえるカルチャーであり、2000年代初頭から、主に北米圏、アジア圏で数々のイベントが行われている。03年に、中国政府は中国国家体育総局が99番目の正式体育種目に電子競技運動項目(デジタルゲーム競技)を指定、また、07年に中国・マカオで開催された第2回アジア室内競技大会、09年11月にベトナム・ハノイで開催される第3回アジア室内競技大会(いずれも主催:アジアオリンピック評議会)で「electronic sports」が競技種目に採用された。
スポーツとは何か
まず、デジタルゲーム競技について触れる前に、「スポーツ」の概念について触れる必要がある。日本国内においては、「スポーツ≒体育」という認識で受け取られることが多いが、欧米諸国では「sports」を遊戯・競争・身体の鍛錬を含む行為と広義にとらえている。現在、チェスや囲碁、ポーカーを「スポーツ」の1ジャンル、「マインドスポーツ」として捉える動きもあり、日本でも「スポーツ≒体育」といった概念からの脱却が徐々に始まっている。
デジタルゲーム競技とは何か
欧米・アジア圏でのデジタルゲーム競技イベントで採用されるタイトルはFPS(First Person Shooter:一人称視点のシューティングゲーム)や、RTS(Real Time Strategy:リアルタイム戦略ゲーム)が非常に多いため、デジタルゲーム競技=FPS、RTSといった印象を持つ人が多いが、デジタルゲーム競技は広義において「PC、アーケードゲーム、家庭用ゲームソフト、携帯ゲームソフト、携帯電話向けアプリケーション」等を使用して競技を行うものを示す。この場合の競技とは、複数ないしは個人戦で勝敗を決するものであり、デジタルゲーム側に競技システム(勝敗を決着するシステム)が存在していなくても、スコアアタックやタイムアタックなど、ルールや外部システムを使用して競技を成立させることもある。つまり、「e-sports」とはジャンルやタイトルによって定義されるものではなく、そのデジタルゲームに携わる人々がそれを決定するものである。言い方を変えれば「全てのデジタルゲームには、競技的な要素が存在する」といってもいいだろう。
デジタルゲーム競技の歴史と現状
デジタルゲームが競技として一般にとらえられるようになったのは、1997年アメリカ・ダラスでスタートした「Cyberathlate Professional League(通称:CPL)」からと言われている。その後、e-sportsブームは世界中に伝播し、韓国では2001年International Cyber Marketing社による国際デジタルゲーム競技イベント「World Cyber Games(通称:WCG)」が開催される。WCGは年間予選の総参加人数が世界で150万人を数え2008年、「世界最大のデジタルゲーム競技大会」としてギネスブックに認定された。このほか09年現在では、中国・韓国政府主催の「International E-sports Festival(通称:IEF)」や、韓国ソフトウェア振興院主催の「Game and Game World Championship」など、さまざまな競技大会が行われている。
日本におけるデジタルゲーム競技の歴史・現状
一方、日本ではデジタルゲーム競技・e-sportsの存在を知る人が少ないという現状がある。理由の一つは、国際的な大会で使用されるタイトルがハードウェア、ゲームジャンル、言語ローカライズの有無など、日本市場向きではないことがあげられる。
また、多くの日本のゲームパッケージメーカーは、1つのタイトルを長期間にわたってプレイするデジタルゲーム競技のカルチャーに馴染まないビジネスモデルをすでに構築しているため、デジタルゲーム競技カルチャーへの参与に積極的ではない企業も多い。
しかし、現在月額課金やアイテム課金を行うオンラインゲームパブリッシャーの数社は、デジタルゲーム競技をマーケティングの中に取り入れはじめている。
07年には、「日本eスポーツ協会設立準備委員会」が始動、組織作りや国際大会への選手派遣といった活動を行っている。
デジタルゲーム競技と学術研究
2009年7月に行われた日本eスポーツ協会設立準備委員会(JeSPA)中間報告会では、日本eスポーツ学会の設立について説明が行われた。現時点での詳細は明らかになっていないが、会長に東京大学大学院情報学環 教授 馬場章氏が、副会長に早稲田大学スポーツ科学学術院 教授 原田宗彦氏が就任することが決定しているという。
このほかに、国外では、スキルサイエンス・認知科学のジャンルからデジタルゲーム競技プレイヤーを研究する活動や、デジタルゲーム競技プレイヤー監修によるコントロールデバイスの開発などが行われており、北米・ヨーロッパ・アジア圏で多くのプレイヤーに愛用されている人気プロダクツが生み出されている。
デジタルゲーム競技の研究については、今後も様々な取り組みが行われていくことが予見される。
デジタルゲーム競技が日本で普及するためには
デジタルゲーム競技が日本で普及するためには、既存の「スポーツ」に対するイメージ、「ゲーム」に対するイメージの変革をはじめ、コミュニティの構築、国際デジタルゲーム競技シーンとの共存など、課題が山積しているのが現状である。
また、デジタルゲーム競技について、「競技的な志向であるがために、競技者の先鋭化が進み、ユーザー離れを引き起こすのではないか」といった懸念を持つ開発者もいるが、この問題は、コミュニティの運営によってクリアすることが充分に可能である。このほかに、「観戦」についても、「ユーザーが試合映像を見ることで満足してしまうのではないか?」といった疑問があるが、これについても、「ゲームをスタートするきっかけ」を創出、つまりゲームユーザーの卵を獲得するための新たなチャンネルと理解するべきではないか。
現在、日本のデジタルゲーム競技シーンが抱える課題がすべて解決した時、日本のデジタルゲームシーンに新たなモデルが発生するのではないか、生産者であるメーカーと消費者であるユーザーとの関係がデジタルゲーム競技の中で違った形に発展していく可能性を秘めているのではないか、と筆者は考える。
デジタルゲームの新たなムーブメントとして発生したデジタルゲーム競技が日本でどのように進化を遂げていくのか、多くの方に着目していただきたい。
最後になるが、筆者は文中で「全てのデジタルゲームには、デジタルゲーム競技的な要素が存在する」と述べたが、大前提として「ゲームは楽しいもの」であるべきで、その楽しみ方のひとつに「デジタルゲーム競技がある」ということは絶対に忘れてはならない。
デジタルゲーム競技に関する参考資料
[1] 玉木正之,「スポーツとは何か」,講談社,1999
[2] キング・ブラッド,ボーランド・ジョン,訳 平松 徹,「ダンジョンズ&ドリーマーズ―ネットゲームコミュニティの誕生」,ソフトバンクパブリッシング,2004
[3] 平成19年度シリアスゲームの現状調査委員会,「シリアスゲームの現状調査報告書」,財団法人デジタルコンテンツ協会,2007
[4] 岩間達也,「サドンアタックコミュニティの形成」,IGDA日本デジタルゲーム競技研究会講演資料,2009
[5]IGDA日本デジタルゲーム競技研究会ブログ
松井 悠 Yu Matsui
株式会社グルーブシンク代表取締役。日本におけるデジタルゲーム競技・e-sportsの第一人者として、World Cyber Gamesや、International E-sports Festivalの日本予選プロデュースをはじめ、Digital Contents EXPO(経済産業省主催)でのe-sports Festivalのプロデュースを行っているほか、e-sports先進国との連動を図りつつ、日本におけるデジタルゲーム競技の推進を図るため、IGDA(国際ゲーム開発者協会)日本:デジタルゲーム競技研究会を発足、有識者によるセミナー、国際大会の情報の発信を行っている。